朝鮮戦争の終戦を目指すという南北首脳会談のニュースを聞きながら、思い出した本。雑誌『世界』に1973年から88年まで掲載された同名の連載記事をまとめ、第四巻まで発刊された(本棚を探したが第三巻までしか見当たらなかった)。
当時の韓国は、軍事クーデターで政権を奪取した朴正煕、全斗煥のいわゆる開発独裁体制下。情報鎖国状態で、労働組合や学生らの運動に対する容赦ない弾圧、拷問などについてのニュースは、断片的にメディアに登場するものの、詳しい状況はまったく伝えられていなかった。
のちの報道によると、「T・K生」は韓国の宗教政治学者、池明観氏で、運動の担い手の一端だった牧師たちが持ち出した資料や関係者の聞き取りをまとめ、密かに『世界』に送ったという。
朝鮮戦争特需で高度成長へと離陸した日本は、東京オリンピック、大阪万博を経て、カラーテレビや自家用車などが一般家庭にも普及。ベトナム戦争が戦われていたにもかかわらず、学生運動、平和運動は下火になり、ラジオに流れる歌も、反戦フォークから私小説のような“四畳半フォーク”が人気となっていた。
高校生だった私は、たまたま書店でこの本を手に取り、金大中氏拉致事件の詳細などを、まったく別世界の物語のような気持ちで読んだ。内容の真偽や筆者の立ち位置などについて指摘はあるようだが、民主主義というものが大きな犠牲の上に成り立っていることを、ほんの少しだが具体像として教えられた気がした。
それから四十余年。最後まで残った冷戦構造が、ようやく解け始めようとしている。大統領弾劾で政権を交代させ、米中の間で絶妙なバランスを取りながら、38度線の壁を崩そうとする韓国の人たち。その先達たる本の登場人物たちのその後と、私たちの国がどこかで失ってしまった政治への“健全”なエネルギーを思った。
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