『北海タイムス物語』(増田俊也著)

増田俊也著『北海タイムス物語』(新潮社)

年甲斐もなく胸が熱くなった。現役記者さんたちのツイートで見つけた増田俊也氏の小説『北海タイムス物語』(新潮社)。
北海タイムスは1998年に廃刊となった北海道の名門地方紙。戦時合同で北海道新聞(道新)が誕生していったん廃刊となったが、戦後、復刊した。札幌と旭川に印刷所を持ち、最盛期には道新に伍した部数を誇ったが、全国紙が北海道に進出した昭和30年代から水をあけられ、経営危機に陥った。

末尾のプロフィールによれば、北大を中退した増田氏は1989年に北海タイムスに入社、92年に中日新聞に移り、二足のわらじを履きながらノンフィクションやミステリー、SFなど幅広い作品を発表してきたという。

舞台は1980年代。コンピューター組版を導入した全国紙に続いて、地方紙も鉛活字から文字を焼き付けたフィルムを手張りする電算写植に移行したころ。デスクが真っ赤に手を入れたざら紙かファクスの原稿の行数を数え、見出しを付けて工場に下ろす。レイアウト用紙に割付を描き、印刷開始直前に工場に下りて紙面を組み上げる。

突発ニュースがあれば、動き出した輪転機を止め、紙面を差し替える。特に内外信は通信社電だから、地方紙といえども全国紙と条件は変わらない。出稿部門と印刷、販売など各部門を繋ぐ司令塔であることと、見出しやレイアウトを全国紙とも競うことが、地方紙整理記者の誇りだった。

朝夕刊を続けて作業する“ダブル”や朝刊明けの夕刊担当など、過酷な勤務ダイヤの中での締め切り時間との戦い。活字拾いの文選がなくなって腕を振るえなくなった職人たちとの軋轢や、見出しの1文字1文字にかける思い…。「肉や刺身が食べたい」「せめて他社の半分、いや三分の一でも給料が出れば」などと話しながら、子供の学費のために転職する仲間に「裏切者」と声を掛ける。

どこまでが実在のモチーフかは分からないが、つぶれかけた新聞社で新人整理記者として悪戦苦闘する物語に、つい自らの体験を重ねてしまった。原稿を下ろすベルトコンベアの音だけが響く最終降版間際のがらんとした編集局。印刷開始時刻が刻々と迫るのに、焦れば焦るほど見出しが付かない。ようやく組み始めると、今度は行数が間違っている。そして睡魔との戦い。

ネットの伸長などで部数は激減しているとはいえ、新聞経営はそこそこ安定していているように思われているかもしれないが、戦後だけを見ても、GHQの政策で創刊された新聞が次々となくなった昭和20年代末ごろと、電算化がひと段落した2000年ごろ以降、多くの新聞が姿を消した。

恋も交えた「北海タイムス―」は、新聞がまだ新聞であろうとしていた時代のエンターテイメント。同じ新聞社ものでは、1995年に廃刊となった新大阪新聞を描いた足立巻一著「夕刊流星号―ある新聞の生涯―』(新潮社、1981年)も面白い。こちらは「日本のロンドンタイムス」を目指しながら夢が潰える物語。

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